インドセンターは、継続的な支援と激励をもってIJGPS 2011のイニシアチブを歴史的な成功へと導かれた全ての支援者、パートナー、支持者の皆様に多大なる感謝を表明いたします。
2013年2月にデリーで開催されるIJGPS 2013の発表とともに、このイニシアチブが次の段階へと進んでいることをお知らせでき、誠に嬉しく思います。
IJGPS 2013は、ディネーシュ・トリヴェーディー 鉄道大臣およびラーム・ジェートマラーニー 国会議員、元法務大臣によって、野田佳彦 日本国内閣総理大臣ご列席のもと、2011年12月27日に公式発表されました。
2010年6月、当時、財務大臣だった菅直人氏は民主党の代表に選ばれ、国会により鳩山由紀夫氏の後任の総理大臣に指名されました。
1996年には厚生労働大臣(当時)を務めたこともあります。
1970年に東京工業大学を卒業し、1971年に弁理士の資格を取得しました。
前総理大臣の鳩山由紀夫氏は、現在の民主党としては史上初めての首相を務め、現在は衆議院議員の職にあります。1986年に衆議院議員に初当選した鳩山氏は1996年に民主党(DPJ)を共同で創設し、後に民主党の代表を務めました(1999~2002年および2009~2010年)。さらに、2009年8月の総選挙では、長年にわたり政権を担ってきた自由民主党(LDP)を破って民主党を勝利に導きました。
首相在任中の鳩山氏は、社会福祉事業への投資を増やすことで国民の生活水準の向上を目指しました。また、安全保障・外交面では、アジア諸国との関係強化の重要性を強調しました。また、鳩山元首相は、日印グローバル・パートナーシップ発足以来の強力な支持者です。2002年には、前年に起きた世界最大の民主主義機関であるインド国会とカシミール州議会に対するテロリストの攻撃を非難するため、抗議の印としてインドを訪問しました。
鳩山由紀夫氏はIJSPSの共同議長の一人であり、インドセンターの顧問も務めています。
安倍晋三氏は、第57代総理大臣を務めました。第二次世界大戦後史上最年少の総理大臣でした。安倍氏は、日印グローバル・パートナーシップが日印戦略的グローバル・パートナーシップ と呼ばれていたころからの熱心な支持者です。
安倍氏は、森喜朗および小泉純一郎両総理大臣の下で2000年から2003年まで内閣官房副長官を務め、北朝鮮による日本国民の拉致問題をめぐって同国の金正日総書記と対峙したことで名を上げました。2003年には、過去50年間にわたり、ほぼ一貫して政権与党の座にあった自由民主党の幹事長に就任しました。
2006年9月26日、安倍氏は小泉氏の後任として総理大臣に就任しました。
安倍氏はIJGPSの共同議長の一人であり、インドセンターの顧問も務めています。
福田康夫氏は、2007年から2008年まで、第58代総理大臣を務めました。それ以前には、日本史上で最も長く内閣官房長官の職を務めたことがあり、森喜朗および小泉純一郎両総理大臣の下での在任期間は3年半(2000~2004年)に及びました。
福田氏は、自由民主党新憲法起草委員会委員長および安全保障及び非常事態に関する小委員会委員長など、政治家として数多くの要職を歴任してきました。1995年には外務政務次官 を、1996年には自由民主党外交部会長を務めました。
サム・ピトローダ氏は発明家にして起業家、そして政策立案者でもあります。現在はインド首相補佐官(共同情報基盤整備および情報革新担当)を務めており、インドの通信革命の仕掛け人として広く認められています。
これまでに、国家知識委員会委員長(2005~2008年)や国際連合顧問(1992年)を歴任してきました。
ピトローダ氏は、重要な技術特許を100件ほど保有し、世界中で新規事業や講演を手掛けています。
また、C-SAM社の創業者としてCEOを務めています。
ピトローダ氏は、IJGPSの共同議長の一人です。
ヴィバウ・カント・ウパデアーエ氏は、IJGPS発起人・日印統括実行委員長兼インドセンター代表です。リーダーとして頭角を現しつつある同氏は、インドの発展プロセスにおける著名な貢献者であり、統合的発展をめぐる政治的手腕と広い視野、そして全体論的アプローチによりその名を知られています。インドのアラハバード大学大学院でコンピューター・サイエンスを学び(M.Sc)、東京大学でも修士号(M.S)を取得したウパデアーエ氏は、インドの国家建設プロセスの推進役として国全体の発展という観点から精力的に活動しています。そのユニークな活動や取り組みは、世界各国のトップクラスの政策立案者、ビジネスリーダー、オピニオンリーダーに支持され、高く評価されています。
ウパデアーエ氏は、日印両国が互恵的なパートナーシップのためにそれぞれの長所を結集できる新たな枠組みを考案しました。同氏のリーダーシップの具体的成果として、デリー・ムンバイ間産業大動脈構想と、2011年9月に開催する今回の日印グローバル・パートナーシップ・サミットを挙げることができます。ウパデアーエ氏は、インドがエネルギーと食糧、そして環境をめぐる課題を解決するためのビジョンを掲げて、インドをエネルギー効率が高く、環境に優しく、強い農業を持つ国に変えることに取り組んでいます。また、インドセンターの創設者、代表でもあります。
石川氏はインドセンター会長理事であり、日本の作家でもあります。1989年には『ストロベリー・ロード』(早川書房)を執筆し、この作品によって第20回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞しました。批評家としても有名です。
また、石川氏は、日印関係の橋渡し役として熱心に取り組んできました。
同氏は、1947年に東京都の伊豆大島で生まれ、高校卒業後にカリフォルニア州に渡って農園で働いたことがあります。日本に帰国後、慶應義塾大学法学部に入学しました。
ヨガの師であるヴァースデーヴ氏は、先見的な人道主義者にして、傑出した精神的リーダーです。深遠なる自己体験から得た人生の仕組みに関する悟りを通じて、人生の神秘を探る旅を導きます。
その科学的な自己変革方法は、単なる慣習や儀式とはっきり一線を画した直接的で強力なものです。特定の流派に属さないヴァースデーヴ氏は、ヨガの科学の中から現代生活に最も有効なものを取り入れ、私たちに示してくれます。
ヴァースデーヴ氏は、世界経済フォーラム、国際連合、TED会議など主要な国際会議で、人権、ビジネスの価値観、社会、環境、実存主義など幅広い問題に関してたびたび講演を行っています。また、国連ミレニアム世界平和サミットや世界平和議会にも代表として参加したことがあります。
ヴァースデーヴ氏は、ヨガの実践から社会正義に至る人間の健全性と地球の健全性にあらゆる側面から取り組む非宗教NPOであるイーシャ財団の創設者です。この組織は、個人の成長を支援し、人間の精神に新たな息吹を与え、コミュニティを再建し、環境を修復するため、複数の大規模な福祉プロジェクトを実施しています。
イーシャ財団は、世界各都市に設けられた150カ所を超すセンターを拠点とする200万人以上のボランティアの手で運営されており、インドのコインバトールのイーシャ・ヨガ・センターと、米国テネシー州のイーシャ・インスティテュート・オブ・インナー・サイエンスにそれぞれ本部があります。
西村康稔氏は衆議院議員で、自由民主党の政策立案者の一人です。
2003年、無所属で初当選を果たし、その後、自由民主党に入党しました。
兵庫県明石の出身で東京大学を卒業した西村氏は、1985年に当時の通商産業省に入省しました。同省に在籍中、メリーランド大学に留学しています。
西村氏はIJGPSの実行委員であり、インドセンターの顧問も務めています。
モンテーク・シン・アールワーリヤー氏は、インド政府計画委員会の副委員長です。
前職はIEO(独立評価機関)の初代局長でした。首相付き経済諮問委員会やニューデリー計画委員会のメンバーを務めたこともあります。それ以前には、財務次官、経済局局長、商務次官、首相特別補佐官、財務省経済顧問を歴任しています。
アールワーリヤー氏は、ニューデリーで文学士号(優等)を取得し、オックスフォード大学で文学修士号と哲学修士号を取得しました。著作としては、専門誌の論文や書籍への寄稿などがあります。
プラフル・パテール氏は、重工業大臣です。重工業大臣に指名される前は、閣外相として民間航空大臣を務めました。
政治活動とは別に、実業家としても大成功を収めています。ジェット・エアウェイズの元取締役です。
各地を訪れたことがあるパテールル氏は、個人や組織が持つ資源の共有に取り組む世界の若手ビジネスリーダーたちのネットワーキング・プラットフォームであるヤング・プレジデント・オーガニゼーション(YPO)の熱心なメンバーです。
ファールク・アブドゥッラー博士は、インド新エネルギー・再生可能エネルギー大臣を務めています。ジャンムー・カシミール州首相を3回、国会議員を2期務めた博士は、政治家として長年にわたる卓越した経歴の持ち主です。防衛委員会や人口・公衆衛生議員フォーラム、そして民間航空省諮問委員会のメンバーにも名を連ねています。アブドゥッラー博士は、医療者兼政治家として「BCローイ博士賞」を受賞したほか、アリーガル・ムスリム大学から名誉文学博士号を授けられています。
博士は熱烈なゴルファーであり、写真、クラシック音楽、抒情詩にも熱心です。大の旅行好きでもあります。
カピル・シバル氏は弁護士出身の政策立案者で、現在、通信・IT大臣を務めています。著名な弁護士として、1994年には国際法曹学会から「伝説的法律家(Living Legend of the Law)」の称号を受けました。2006年には、公共活動の分野における目覚ましい貢献に対して、インド政府から、国民栄誉賞としては3番目に高いパドマーブーシャンを受賞しました。シバル氏は、すぐに国内屈指の弁護士に上り詰め、1989年にインドの法務次官補に任ぜられました。1994年には、議会での弾劾手続きにおいて、最高裁判所判事の弁護に成功するという異例の成果を挙げました。
シバル氏は、思索家や行動家としての類まれな才能を兼ね備えた人物です。常に正義をもって公務に臨んでいます。文化的伝統に根差し続ける近代インドの建設という夢を抱き、それに向けて取り組んでいます。
シバル氏はIJGPSの支援者です。
鈴木寛氏は、民主党所属の参議院議員です。1986年に当時の通商産業省に入省しました。2001年には、参議院議員に初当選を果たしました。
これまでの経歴として、鈴木氏は文部科学副大臣、慶應義塾大学助教授 、通商産業省職員、シドニー大学特別研究員など、さまざまな役職を経験しています。
現在、鈴木氏は、参議院文教科学委員会の委員を務めています。
現在、デリー首相を務めるシェイラー・ディークシト氏は、インド国民会議派に属しています。2009年1月、ディークシト氏は、連続3期目となるデリー首相に再任されました。
2008年、ディークシト氏は、「ワ―ルド・メイヤー」賞の最終候補者に選ばれました。2008年7月12日には、デリー首相としてインド・ジャーナリスト協会から「インドの最優秀州知事」賞を受賞しました。2009年には、インドのテレビ局NDTVから「ポリシーメーカー・オブ・ザ・イヤー」に選ばれました。
かつて同氏は、国連婦人の地位委員会のインド代表を5年間(1984~1989年)にわたり務めました。それより前の1970年代初頭には、ヤング・ウイメンズ・アソシエーション(Young Women's Association)の会長として、働く女性のための宿泊所をデリーに2軒開設して大成功を収めるという功績を挙げました。また、インディラ・ガンジー記念財団の事務局長も務めています。
現在、海江田万里氏は経済産業大臣の職にあります。自由貿易協定をめぐって意見が割れる中、元経済評論家の海江田氏は、日本が環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)に参加することに賛成しています。
海江田氏は政治家として、これまでに内閣府特命担当大臣(経済財政政策・科学技術政策担当)、宇宙開発担当大臣など、さまざまな要職を歴任してきました。また、2010年9月からは、衆議院財政金融委員会の委員長を務めています。
ブーピンダル・シン・フーダー氏は、現ハリヤーナー州首相であり、インド国民会議派(INC)の有力リーダーの一人です。フーダー氏は有名な人物で、パンジャーブ・ハリヤーナー弁護士会の会員でもあります。
フーダー氏は、農民が大半を占めるハリヤーナー州民の献身的なリーダーとして知られ、「ブンミープトラ」(土地の子)と呼ばれています。
インド有数の政策立案者であるプリトビーラージ・チャバン氏は、マハーラーシュトラ州選出の上院議員で、かつてマハーラーシュトラ州カルドから下院議員選に出馬して当選したこともあります。
2002年に上院議員になり、議会のスポークスマン役を務めてきました。エンジニア、実業家、政策立案者、社会事業家のスキルを併せ持つ多才な人物と評されています。
チャバン氏は、ラージャスターン州にある名門校、ビルラ理工大学(BITS)ピラーニー校で学び、そこで設計工学の学士号を取得しました。さらに学ぶため、米国のカリフォルニア大学バークレー校に進学しました。卒業後は米国の航空宇宙業界で数年間働き、その後、インドに戻って研究所を設立しました。
K・ローイ・プル氏は、民間航空省の元次官です。1967年にインド高等行政官になりました。在職していた37年間に、ビハール州政府とインド政府の行政官として、重い責任を伴うさまざまな要職を歴任してきました。プル氏は、民間航空セクターを統括するための政策的枠組みに革新的な変化をもたらしました。また、公共サービス委員会のメンバーも務めました。
プル氏はIJGPSの実行委員であり、インドセンターの顧問も務めています。
M・V・ラージセーカーラン氏は元下院議員であり、インド政府の計画大臣として、マンモハン・シン首相から直接助言と指導を受けながら任務を遂行したこともあります。
現在は、カルナータカ州議会の上院議員です。州議会議員という立場から、カルナータカ州の、とりわけ貧困層や恵まれない層の問題に解決策を見出そうと、献身的かつ熱心に取り組んでいます。
ラージセーカーラン氏は、IJGPSとインドセンターの顧問を務めています。
ムケーシュ・アンバーニー氏はインドの大実業家であり、インド最大の民間企業として「フォーチュン500」に名を連ねる世界有数の民間複合企業であるリライアンス・インダストリーズの会長と社長を兼務しています。
アンバーニー氏は、これまでに数々の賞や称号を授けられています。2006年には、インドの経済誌『エコノミック・タイムズ』から「ETビジネスリーダー」に選ばれました。2004年には、プライスウォーターハウスクーパースの調査に基づき、ロンドンの『フィナンシャル・タイムズ』紙が発表する「世界で最も尊敬されるビジネスリーダー」の42位に入りました。また、米国ワシントンDCにあるアジア・ソサエティーから「アジア・ソサエティー・リーダーシップ・アワード」を贈られています。
また、アンバーニー氏は、インド・プレミアリーグ(クリケットのプロリーグ)に所属するムンバイ・インディアンズのオーナーでもあります。
アンバーニー氏はIJGPSの支援者です。
ハリー・S・バルティヤー氏は、インド工業連盟(CII)の前会長 で、ジュビラント・オルガノシスの共同会長と社長を兼務しています。インド屈指の実業家であり、製薬・特殊化学品およびバイオテクノロジー、食品、石油・ガス(探索と生産)、航空宇宙、ITなどのセクターにおける経験は20年を超えます。同氏は、傘下の事業グループと有力グローバル企業との間で戦略的提携や合弁を進めてきました。
バルティヤー氏は、公務としては、たとえば、インド工科大学(IIT)デリー校、インド工科大学カーンプル校、インド工業連盟(CII)においてさまざまな役職に就いています。インド政府の教育や科学・技術プログラムのメンバーも務めてきました。また、同氏は、米国コロンビア大学の「気候変動に関するグローバル・ラウンドテーブル」では通信作業部会に属しています。インド工科大学デリー校の卒業生(化学工学専攻)です。
2000年には、インド工科大学デリー校から「優秀卒業生」として表彰されました。
バルティヤー氏はIJGPSの支援者です。
シャー氏は、ムンバイにあるムカンド社の共同会長と社長を兼務しています。以前、石油・天然ガス公社(ONGC)やヒンドゥスタン・ペトロリアムの社外取締役を務めていたこともあります。また、1998年から1999年にかけてインド工業連盟(CII)の会長を務め、ヤング・プレジデント・オーガニゼーション(YPO)の幹部でもありました。
シャー氏は、英国ケンブリッジ大学で文学修士号を、カリフォルニア大学バークレー校で経営学修士号(MBA)を取得し、米国ハーバード・ビジネス・スクールのエグゼクティブ・マネジメント・プログラムに参加したこともあります。
シャー氏はIJGPSの代表顧問です。
二階俊博氏は元経済産業大臣です。自由民主党に所属し、現在、衆議院議員として9期目 を務めています。
2005年、二階氏は、衆議院郵政民営化特別委員長に任命されました。また、2004年には自由民主党総務局長になり、1993年 には細川護熙内閣の下で運輸政務次官を務めました。
ナンダン・ニレーカニー氏はインド人実業家であり、現在はインドの固有識別番号庁(UIDAI)長官を務めています。
ニレーカニー氏は、インド屈指の成功を収めたソフトウェア起業家として、そして、インドの有力IT企業の一角を占めるインフォシスの共同創業者として知られています。2006年に、ニレーカニー氏はパドマーブーシャンと呼ばれる国民栄誉賞を受賞し、2006年1月には、最年少の起業家として、世界経済フォーラム(WEF)ファンデーション・ボードを構成するグローバル・リーダー20名の仲間入りを果たしました。2006年5月号の『タイム』誌では、「世界で最も影響力のある100人」に選ばれました。現在、ニレカーニー氏は、バンガロールの行政改革を推進しています。
また、ニレカーニー氏は、インド・ソフトウェア・サービス協会(NASSCOM)の共同発起人でもあります。
ニレカーニー氏はIJGPSの顧問です。
北村俊昭氏は、通商産業省の元経済産業審議官です。1972年に当時の通商産業省に入省し、それ以来、人事課長、大臣官房審議官(経済構造改革担当)、小渕恵三総理大臣の下での内閣総理大臣秘書官事務取扱など、非常に重要な役職を歴任してきました。
こうしたさまざまな役職に加えて、北村氏は、大臣官房審議官(経済産業政策局担当)、貿易経済協力局長、製造産業局長、通商政策局長、経済産業審議官、経済産業省顧問を歴任しました。2007年11月には、東京海上日動火災保険顧問に就任しました。
V・クリシュナームールティ氏は、インドの全国製造業競争力委員会(NMCC)の委員長です。かつては、公共セクターにおいて誰もが認める第一人者でした。政府や公共企業体において非常に高い役職に就き、重工業局長や計画委員会のメンバーを歴任しました。クリシュナームールティ氏は、マルチ・ウドヨグの創業者として会長を務めたほか、バーラト重電機とスチール・オーソリティ・オブ・インディアの会長も務めてきました。また、2004年9月から2009年9月まで、ユーキャル・フュエル・システムズ・リミテッドの顧問も務めました。
過去50年間にわたり、クリシュナームールティ氏は、さまざまな経営慣行を見直してパフォーマンス全体の改善を図るとともに、大手インド企業との提携を進めてきました。また、多数の著名優良企業の取締役に名を連ねています。そして、国民栄誉賞であるパドマーシュリーやパドマーブーシャンなど、さまざまな賞を受賞しています。1987年には、「ビジネスマン・オブ・ザ・イヤー」にも選ばれました。
クリシュナームールティ氏は、公認技術者であり、経済学博士号を取得しています。
ラケーシュ・クマール・ウパデアーエ氏は、インド最大手の国営通信会社バーラト・サンチャル・ニガム(BSNL)の社長兼会長です。バナーラス・ヒンドゥー大学(BHU)工学部で電子工学の学士号を取得し、ウェリントンにある士官養成大学(Defence Services Staff College)の卒業生でもある同氏は、マドラス大学で理学修士号(M.Sc.(DS))を取得しました。マーケティング管理のMBAでもあり、公共サービス委員会(UPSC)からインド高等行政官(通信分野)に選抜された後、1975年に電気通信局に就職しました。電気通信局では、企画、設置・性能検証、事業管理、運営の各分野を経験しました。また、1996年10月から1999年8月まで、インド国営通信会社テレコミュニケーションズ・コンサルタンツ・オブ・インディア(TCIL)に出向し、シリア国営通信のプロジェクトディレクター(海外プロジェクト担当)やイエメン担当のゼネラルマネジャーとして成果を挙げました。
その後、2000年1月から2003年6月まで、BSNLのJ&Kサークルのゼネラルマネジャーを務めました。2003年6月には再びTCILへの出向を命ぜられ、チーフプロジェクトディレクター(アルジェリア担当)、グループゼネラルマネージャー(新技術担当)、エグゼクティブディレクター(プロジェクト監察担当)を歴任しました。2005年11月にはTCILの取締役(プロジェクト担当)に就任し、その後、TCILの社長兼会長に選任されました。また、2007年3月から2011年4月まで、TCILの経営に当たりました。
藤原洋氏は、インターネット総合研究所(IRI)の創設者・所長で、最高経営責任者(CEO)も兼務しています。また、ブロードバンドタワー社の取締役も務めています。オムロンのソーシャルシステムズ・ソリューションズ&サービス・ビジネスカンパニーの執行役員兼社長でもあります。
藤原氏には、日本アイ・ビー・エム、日立エンジニアリング、アスキー、IRIコミュニケーションズなど、さまざまな企業で勤務した経験があります。
また、会津大学および慶應義塾大学理工学部の客員教授や、名古屋大学、青山学院大学大学院、多摩美術大学の非常勤講師も務めています。
藤原氏はIJGPSの実行委員であり、インドセンターの顧問も務めています。
現在、カント氏は、DMICDCの総裁を務めています。これはインドで最も野心的なインフラ整備プロジェクトであり、デリーとムンバイの間に製造拠点となる新たな都市を建設しようとするものです。カント氏は、ケーララ州のインド高等行政官です。
カント氏は、『「インド」ブランドの構築―驚くべき物語』("Branding India - An Incredible Story")の著者であり、インドとケーララ州を主要観光地として売り込み、ブランド化を図ろうとする「信じられないほど素晴らしいインド!神の恵みの国」("Incredible India and God's Own Country")キャンペーンの仕掛け人です。また、タクシー運転手、旅行ガイド、入国審査官を教育し、観光振興プロセスのステークホルダーにすることを狙った「お客様は神様」("Atithi Devo Bhavah")キャンペーンの構想を練り、実行しています。
孫正義氏は日本の実業家であり、ソフトバンクキャピタル社の創設者として現在は最高経営責任者(CEO)を務めるとともに、ソフトバンクモバイル社のCEOでもあります。
孫氏は日本のビル・ゲイツと呼ばれ、現在、アジア有数の規模を誇るメディア・ウェブ・通信企業群を所有しています。
また、ヤフージャパンの会長でもあります。
スバーシュ・チャンドラ氏は、エッセル・グループとZee・エンターテイメント・エンタープライジズの会長で、インド産業界の指導者の一人です。立志伝中の人物であるチャンドラ氏は、新規事業に目を付け、それを成功の道に導く能力を常に証明してきました。
インドのメディア王と呼ばれるチャンドラ氏は、1992年にインド初のヒンディー語衛星放送チャンネルであるZeeTVを開局し、その後、さらに初の民間ニュースチャンネルであるZeeニュースを開局することで、テレビ業界に革命をもたらしました。現在のZeeネットワークには、167カ国で5億人を超す視聴者がいます。
チャンドラ氏が所有する事業には、テレビ・ネットワーク(Zee)、新聞社系列(DNA)、ケーブルテレビ・システム(ワイヤ・アンド・ワイヤレス)、DTH衛星放送(ディシュ・テレビ)、衛星コミュニケーション(アグラニー、プロコール)、テーマパーク(エッセルワールド、ウォーター・キングダム)、オンライン・ゲーム(プレイウィン)、教育(Zee・ラーン)、軟包装(エッセル・プロパック)、インフラ開発(エッセル・インフラプロジェクツ)、ファミリー向け娯楽センター(ファン・シネマズ)などがあります。非凡な商才に恵まれたチャンドラ氏は、ビジネス史に例のない成長と成功の軌跡をたどってきました。
アヌラーダー・プラサード氏は、B.A.G.フィルムズの社長です。自身も一流のテレビ番組制作者、アナウンサー、アンカーであるプラサド氏は、1980年代後半から長年にわたってテレビに関わることで得た知識と、持ち前の経営センスや事業センスを組み合わせて、B.A.G.をムンバイだけでなく首都でもトップクラスのテレビ制作会社に育て上げました。
1980年代後半、オブザーバー・ニュース・チャンネルを振り出しにテレビ業界に入ったプラサド氏は、すぐに同社のビデオ・ニュース・チャンネルのエグゼクティブ・プロデューサーに昇進しました。同氏は、これまでに数えきれないほどの時事番組とビジネス番組の演出や制作を手掛けてきました。自ら手掛けた番組は、現在までに4000時間を超えます。
現在、チャンダー・コーッカール氏は、インド最大のプライベート・バンクで、インドの銀行全体でも2番目の規模を誇るICICIバンクの社長とCEOを兼務しています。
コーッカール氏は、ICICIバンクとさまざまなグループ企業の取締役を務めているほか、首相付き貿易産業委員会、印米CEOフォーラム、ハイダラーバードにあるインド商科大学院理事会のメンバーであり、また、インド国際経済関係研究所(ICRIER)理事会、インド銀行協会(IBA)運営委員会、科学産業研究委員会(CSIR)ソサエティのメンバーにも名を連ねています。
銀行セクターへの貢献が認められ、2010年には、3番目に高い国民栄誉賞であるパドマーブーシャンをインド政府から授与されました。また、『フォーチュン』誌が発表する「最も影響力がある女性実業家」のリストの常連で、『フォーブス』誌の「世界で最も影響力がある女性」で20位に入ったこともあります。
コーッカール氏は、IJGPSの顧問を務めています。
島田晴雄氏は、千葉商科大学の学長です。マサチューセッツ工科大学(MIT)やフランスの経済経営グランゼコール(ESSEC)の客員教授を歴任してきました。また、富士通総研経済研究所の理事長を務めるとともに、2001年から2006年まで内閣府特命顧問として政府の政策立案に携わりました。
同氏は、日本経済や国際的経営、そして労働問題に関する著書が多数あります。自分の専門に関する書籍を刊行したり、論文を発表したりするだけでなく、新聞や一般雑誌に評論やエッセーを寄稿することにも非常に熱心です。日本と海外(CNN、NBC、ABC、CBS、BBCなど)の両方で頻繁にテレビ番組に出演し、論評を行っています。
同氏は、慶応義塾大学大学院を修了後、ウィスコンシン大学マディソン校で博士号を取得し、40年間にわたって慶応義塾大学で教鞭をとってきました。
島田氏はIJGPSの実行委員であり、インドセンターの顧問も務めています。
現在、ディーパク・パーレーク氏は、インドの有力住宅金融会社であるHDFCの非業務執行会長です。以前はHDFCの会長を務めていました。パーレーク氏は、モーゲージ・ファイナンスの草分けとして、HDFCをインドの一流住宅金融機関に育てることに尽力してきました。
パーレーク氏は、さまざまな重要委員会のメンバーになっています。「ユニット・スキーム‐1964」の強化策を提案する委員会の委員長に指名されました。また、インド準備銀行は、パレク氏を証券市場規制に関する諮問グループの会長に指名しました。その職務は、インドにおける国際標準の順守レベルを海外諸国と比較することです。また、同氏は、電力セクター改革の取り組みを研究するために電力大臣が指名する専門委員会の委員長も務めています。
パーレーク氏は、これまでに1996年度の「ビジネスマン・オブ・ザ・イヤー」や全インド経営者協会(AIMA)による「JRDタタ企業リーダーシップ賞」など、いくつかの賞を受賞しています。サービス・セクターへの貢献に対して「品質に関するキンプロ・プラチナ賞」を贈られたほか、インドの経済誌『エコノミック・タイムズ』の権威ある「企業生涯功労賞」を最年少で受賞しました。
また、インド政府からパドマブージャンと呼ばれる国民栄誉賞を授与されました。
パーレーク氏はIJGPSの顧問です。
ジャスパル・シン・ビンドラ
スタンダードチャータードPLC の役員としてグループ常務取締役(グループ・エグゼ クティブ・ディレクター)に2010 年1 月1 日就任。 アジア最高統括責任者(CEO アジア)の職を兼任。
香港に本拠を置き、アジア地区全体に係る戦略の立案、政府・当局との関係強化、健全 なガバナンス運営の管理監督、事業実績の推移の監視などの責任を担っている。 1998 年にスタンダードチャータード銀行・法人金融部門に入行後は、法人営業部グル ープ最高責任者やインドCEOなどの要職を歴任。
1984 年にバンク・オブ・アメリカでキャリアをスタートさせ、インドにおいて市場資 金部、シンガポールにおいて個人金融部で経験を積み、 スタンダードチャータード入行前にはUBS 投資銀行部門に勤務。
ジャスパルはまたスタンダードチャータードグループ全体のイニシアティブである「ダ イバーシティ&インクルージョン(多様性を認め受け入れること)」を先導する責任者 としての役割を担っており、当行が事業展開するすべての国や地域において、民族、性 別、障がい等の多様性を認めお互いを高めあうことの出来る、最高水準の企業風土の構 築を推進すると共に、ワーク・ライフ・バランスの向上に積極的に取り組んでいる。
非営利組織であるVital Voices Global Partnership の役員を務める。 資格・学位等 公認会計士
経営学修士 ほか 1960 年生まれ、既婚一子